A tribute to Yukimura haruki
追悼 雪村春樹
卒業を間近に控えた女校生・由依は教師への密かな想いを告げ、次第に愛し合うようになってゆく。だが教師は由依の一途な想いを逆手に取り、SM調教師の許での淫らな奴隷教育を迫るのだった――。堕ちてゆく心の綾を克明かつ艶めかしく描いた、川奈由依のSM初挑戦作品。物語は冒頭から、女生徒の由衣が募らせた教師への想いを手紙で伝えて、夜の教室での逢引からフェラチオ、セックスへと展開する。SMらしさのない情事の最中、男が言う。「そんなに俺のことが好きだったら、俺のために何でもできるか?」「先生のためだったら何でも......」「由衣の俺への愛の深さを試してみたいんだよ。いいか、あるところへ行って、俺のために、いろんなセックスを覚えてきて欲しいんだ、できるか?」
こうして由衣はとある場所へと向かう。そこには雪村氏演じる調教師が待ち構えていた。
というのが本作のプロットだ。教師への愛の代償として望まぬ調教をその身に受ける女生徒が、徐々に被虐の快楽を受け入れていく物語である。
怪しげな部屋に入ってきた由衣は自ら目隠しと手錠をして、部屋の中央に置かれた椅子へ腰掛け、何者かが訪れるのを待っている。すると唐突にポラロイドカメラのシャッター音が、そしてフラッシュが瞬き、調教師が現われると由衣へ縄をかけていく。
「先生がここに行けって言ったんです。愛を確かめるために......」「へえ。白いパンツはいてるんや。もう相当感じてるんやないか。いま感じてるんは、先生のこと想うて感じてんのか。それとも、これ(縄)がいいから感じてんのかなぁ」「先生のことを想って......」「ほうか。先生のこと想うて感じてくれてんのや。いつまで想うて感じるかなぁ。あとからゆっくり、感じてもらおか」
こうしたプロットを雪村氏はよく利用する。言うなれば支配と隷属の二重構造である。だが何も雪村氏だけのものではなく、アダルトコンテンツのドラマでは定番で、様々な作家が利用してきた。昨今よく見られる寝取られものはもちろん、恋人や夫婦と間男が登場すれば、この種の構造だ。
様々な作品で見られる構造なだけにそれぞれ見所は異なるが、本作の魅力は快楽を受け入れていく川奈由衣の描写にある。昨今のエロマンガやエロゲーでは快楽堕ちとも言われる堕ちものジャンルだが、その魅力の一端は、心では否定していても抗うことができない快楽を受け入れさせることで女性の尊厳を貶める、そこにエロティシズムを感じさせる点にある。そのため堕ちてしまった女性は酷く汚されたイメージと共に描かれる。エロマンガでのアヘ顔ダブルピースなどはその代表だろう。
だが本作の川奈由衣は美しい。そのスレンダーなスタイルはもちろん、慣れぬ縄の感触に吐息を漏らしながら身悶える姿。中盤、後手縛りで放置された由衣へゆっくりとズームインしていくロングショットがある。抑制された光の中で猿轡をはめられた表情。縄の感触に慣れていき、被虐の喜びがその身に刻まれつつあることを示すように、由衣の妄想のようなイメージカットが挟まれる。そこで縛られた由衣の身体を撫で回しているのは、彼女が恋焦がれる教師である。
近年筆者は、いやらしいとはどういうことだろうか、と考えることがよくある。日常的にアダルトコンテンツに触れていると、ただ裸の女性を見たところでエロいとは感じない。幸か不幸かはさておき、久しぶりに本作を観返して、雪村氏の考えるエロティシズムの一端を垣間見たように感じた。それは原初的な女性崇拝の印象に近い。被虐の快楽に堕ちて、打ち寄せる官能に耽溺している女性たち。雪村氏はその姿を美しく捉えることで、そんな彼女たちへの深い愛情を示しているように感じるのだ。
追悼企画の名のもとに、筆者が昔から好きだった雪村氏の作品をご紹介した。緊縛師としてだけではなく、映像作家として雪村氏の残した作品は数多い。この文章がそれらに触れる端緒となることを願って、氏への追悼とさせていただきたい。
文=五十嵐彰(WEBスナイパー運営責任者)
『インモラル天使23 川奈由依(シネマジック)』
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